■山本 石洲の作風
「田中角栄之印」に見る独創性
山本石洲翁の作風を一言で表せば、まさに「変幻自在」。
卓越した技術と天性のセンスに裏打ちされた作品群は、一点ごとに異なる、それぞれ豊かな表情を持ち、同じ一人の職人の手から生まれたとは信じ難いほど。
中でも石洲翁が最も得意としていた書体が「篆(てん)書古印」。
中国渡来の篆書と日本で生まれた大和古印体をミックスさせたものです。
太く伸びやかな篆書に、大和古印体独特の丸みを加え、さらには意図的に文字線の一部を欠落させる「虫食い」や、線が交差する部分を太く表現する「墨だまり」技法により、文字をより立体的、絵画的に表現する、極めて難易度の高い書体です。
中でもこの「田中角榮之印」は石洲翁の「篆書古印」作品の中でも群を抜く傑作。
縦画の微妙な湾曲や、特に「榮」に見られる大胆なまでの虫食い表現は、いわば「実用印と篆刻の絶妙な融合」であり、当時「篆書古印」を彫らせたら並ぶ者なしと評された石洲翁の真骨頂です。
そしてそれは「ブレーキの壊れたダンプカー」と称された田中角栄元首相の、豪放磊落ながらも親しみやすさを兼ね備えた人柄をよく表しています。